夏の訪れとともに、花園を華やかに彩るのが「蝶」。
その儚げで繊細な美しさは、芸術の世界において常に愛され続けてきたモチーフです。腕時計の世界でも然り。制表師たちは、文字盤という僅かな空間に、四季を超越した蝶の美しさを永遠に留めようと試み続けています。
今回は、そんな「腕時計界の芸術家」たちが生み出した、蝶をテーマにした3つの傑作をご紹介します。
🌸 ヴァン・クリーフ・アンド・アーペル(Van Cleef & Arpels)
レイ・アルパン Papillon Automate 腕時計
大自然の息吹を宿した、詩的なアニメーション
ヴァン・クリーフ・アンド・アーペルにとって、「蝶」は宝飾や時計創作において最も親しみ深い存在の一つです。この「レイ・アルパン Papillon Automate」は、まさに同家の職人技とメカニカル技術が融合した結晶です。
文字盤という「庭園」の上に、一匹の蝶が舞い降りています。この蝶は、時計の動力状態に応じて、羽を連続して1〜4回ひらひらと拍動させます。まるで生きた生物のように。
羽根: 2色のカラードガラスエナメルを使用。透き通るような質感が、蝶の儚さを表現。
足元の花: 真珠母貝を彫刻して制作。
背景: 青色、淡紫色、菫色のサファイアを敷き詰めた文字盤は、波光粼粼(はどうりんりん)とした水面を彷彿させます。
内部にはValfleurier製の自動巻きムーブメントを搭載。ランダム式の人形仕掛け(オートマタ)機構により、腕から外した際は約2〜4分おきに羽ばたき、腕に着けているときはそのリズムが早まります。また、ケース左側のボタンを押すと、蝶が羽ばたきで応えてくれる、という至れり尽くせりの演出が施されています。
💃 ディオール(Dior)
ドール・バル ジャルダン・イマジネール N°13
舞踏会のドレスのように、豪華絢爛な「蝶の舞」
ディオールの「ドール・バル(Grand Bal)」シリーズは、その発想自体が革命的です。文字盤の奥に見えるのは、通常裏蓋で隠れるはずの「自動車(ペンドローブ)」。これを、まるで高級オートクチュールのドレスの裾のように可視化してしまったのです。
今回のN°13は、「想像の園(Jardin Imaginaire)」をテーマに、蝶やカブトムシの羽根細工が施されています。
動き: オートクチュールのドレスの裾がくるくると回るように、この腕時計の自動車も、宝石を散りばめた「蝶の羽」や「カブトムシの鞘翅(そうし)」を描いた装飾板を回転させます。
装飾: 雪崩(せつらん)式に鑲嵌(しょうてん)されたダイヤモンド、ピンクサファイア、三角形のサファイア、イエローサファイアが、光を受けてきらめきます。
ケースバックにも蝶のエンブレムが施されており、表裏一体となったデザインはまさに豪華絢爛。36mmのゴールドケースに、ディオール自社製の自動巻きムーブメント「Calibre Dior Inversé 11 1/2」を搭載しています。
🎨 ウブロ(Ulysse Nardin)
「幻想蝶(Imaginary Butterfly)」
内填エナメルが織りなす、幻想的な一コマ
「技術屋」のイメージが強いウブロですが、実はこうしたアートピースを生み出すこともできます。
「幻想蝶」は、18Kホワイトゴールドのケースに、34mm × 35.4mmという楕円形に近いサイズを持つ、どこかレトロで優雅な時計です。
文字盤: 鮮やかな青を基調とした文字盤。その上に描かれた蝶は、「内填エナメル(Champlevé Enamel)」という技法で制作されています。
ディテール: 蝶の羽根には、赤いベリーが一粒。花粉を運んでいる途中で、偶然くっついてしまったかのような、愛嬌のあるディテールがポイントです。
内部には同社製の自動巻きムーブメント「UN-13」を搭載。42時間の動力貯蔵を備えています。
📝 総括:時の精靈との共演
ヴァン・クリーフ・アンド・アーペルは、蝶の羽ばたきという「詩」を機械式アニメーションで読み聞かせてくれます。
ディオールは、まるで蝶が舞踏会のドレスに身を包み、くるりと回る「華麗な一幕」を演出します。
ウブロは、職人の手仕事による「幻想的な一コマ」を、腕元に閉じ込めました。
これらの時計は、単なる時間表示装置ではなく、腕元で息をする「小さな芸術品」です。蝶の命は儚く短いですが、これらの腕時計の中では、永遠に美しく舞い続けることができるのです。