ジャガー・ルクルトが誇る腕時計の数々を、あらためて振り返ってみよう。

時計愛好家界隈の外側……、リファレンスやキャリバーのアップデートといった情報の蓄積に煩わされることがない、時計に興味がある程度の人々が自由に活動している場所においても、ジャガー・ルクルトというブランドは極めて有名なある時計の代名詞として語られている。そう、“レベルソ”だ。時計製造の歴史に少しばかり理解のある私たちにとっても、ジャガー・ルクルトは機械式時計の進化を語るうえで欠かせない、重要な存在である。

ムーブメントの歴史を深く掘り下げるのは私のいつものやり方ではないことを前置きしたうえで、この記事を書きたいと思う。しかし、今回はジャガー・ルクルトというブランドについてだ。そのキャリバーの製造は、時計産業における“グランメゾン”として歴史の中核に深く根ざしている。ゆえに、私はジャガー・ルクルトの物語について語らねばならない。

190年の歴史を持つジャガー・ルクルトは、あらゆる高級時計ブランドのキャリバーを製造、供給してきた。 1300を超える膨大なアーカイブのなかには、Cal.920がある。 これは、パテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタン、オーデマ ピゲの三大時計ブランドにおいて、重要とされるモデル(PPのノーチラス Ref.3700/1Aに、APのロイヤルオーク Ref.5402ST、VCのRef.222)にも搭載されている唯一のキャリバーだ。

また、1907年にパリのジャガー社とスイスのルクルト社による初の提携から誕生したCal.145もある。厚さ1.38mmと当時最も薄いキャリバーであることから、“ナイフ”と呼ばれていた。このキャリバーはカルティエをはじめとした、多くのブランドの懐中時計に採用された。

時刻表示のみの薄型キャリバーに加えて、ジャガー・ルクルトは複雑機構もてがけており、腕時計がまだ黎明期であった1942年にトリプルカレンダーを搭載したCal.494を発表している。トリプルカレンダーは今ではすっかり過去のものとなってしまった複雑機構だが、40年代初頭にはこのような機構を備えた腕時計は大変な話題となった。Cal.494はヴァシュロン・コンスタンタンのRef.4240で使用されたことでも有名だ。1938年にジャガー・ルクルトとヴァシュロンが合併し、SAPIC(Société Anonyme de Produits Industriels et Commerciaux)という持ち株会社の傘下に入っているため、厳密なアウトソーシングとはみなされないかもしれないが。

ジャガー・ルクルトは“Watchmaker’s Watchmaker(時計屋のための時計屋)”というニックネームで呼ばれている(この陳腐な表現には目を覆いたくなるが事実である。ちょっとだけ付き合って欲しい)。文字盤に異なるブランド名を乗せた時計のために、業界で最も先進的な技術で装飾、組み立て、刻印まで施したムーブメントを製造しているためだ。

今回、ジャガー・ルクルトは、ムーブメントにケース、文字盤、仕上げのすべてにおいて、自社の貴重な腕時計を再評価する機会を得た。時計製造の“黄金時代”と呼ばれる1920年代から70年代初頭までに作られた17本の腕時計と、そのコレクションに付随する新しいマスターリファレンスブック『コレクタブルズ・ブック』により、ジャガー・ルクルトはヴィンテージの至宝たちに再び命を吹き込もうとしているのだ。

このリファレンスブックに掲載されている17本の時計のうち、最高のものだけを販売したいというブランドの考えから、現在12本の時計が入手可能となっている。残り5本については、まだ完璧と呼べるようなものは見つかっていない。いずれはジャガー・ルクルトのブティックで、カプセルコレクションとして販売される予定だ。これらのコレクターズウォッチの購入者には、ジャガー・ルクルトのアーカイブから抜粋された資料に新しい時計ストラップ、そしてコーヒーテーブルブックとして『コレクタブルズ・ブック』が1冊贈呈される。さらに入手可能な場合には、オリジナルのボックスとペーパー、オリジナルのストラップまたはブレスレットが付属する。

“コレクタブルズ”(リファレンスブックに掲載された17本のコレクション)で提供されるすべての時計はジャガー・ルクルトのヘリテージチームによる審査を受けたうえで、自社の修理工房に属する専門時計師によって完全に整備、修復される。同社のマニュファクチュールは完全統合されているため、修復チームはアーカイブを調べ、これまでに製造されたすべての作品の設計図を閲覧することが可能となっている。場合によっては、オリジナルのスペア部品の在庫を見つけることもできるのだ。もし手元に部品がない場合でも、約6000ものカシメ工具を使えば同じ部品をいちから作り直すこともできる。

私はプロダクト&ヘリテージディレクターのマシュー・ソーレ氏と対面し、カプセルコレクションの一部を解説してもらった。

デュオプラン・シークレット(Duoplan Secret)

1925年に発表されたデュオプラン(Cal.104)は、ルクルト社が腕時計事業に乗り出すきっかけとなったモデルだ。ルクルト社はスイスのル・サンティエでキャリバーを製作し、パリのジャガー社(当時はカルティエなどビッグメゾンのケースを設計、製造していた)でブレスレットと仕上げを施したパーツを組み立てていた。このふたつの会社は、1937年に正式に統合されることになる。

1935年に発表されたデュオプラン・シークレットは、超小型のCal.403を搭載し、ケースバックに小さなリューズを設けたモデルだ。この時計は5リンク構造の一体型金無垢ブレスレットに収められている。イギリス女王が着用したことで知られるCal.101を差し置いて、この時計を選んだ理由をソーレ氏に尋ねてみた。「403は、101の兄にあたる同じ系列のキャリバーなんです。 ふたつの平面を重ねる、というコンセプトも共通しています」。 なるほど、上段にテンプ、下段には輪列を配置している。

レベルソ・スモールセコンド(Reverso Small Seconds)

このステイブライトスティール製のレベルソは、1933年に製作されたもの。すなわち、90年前のモデルということになる。ラッカー仕上げが施されたタフィーブラウンの文字盤を見るに、信じられないほど完璧な状態だ。カラーダイヤルはとてもモダンで、オイスター パーペチュアルの“ステラ”を思い出させる。「オリジナルのカタログでは、黒文字盤のモデルについて多く語られています。なぜなら当時、彼らは黒文字盤こそが未来の文字盤だと考えていたからです。まだシルバー文字盤の懐中時計が主流だった時代に、カラー文字盤の時計を作るというのは確かに大胆なことでした。青、赤、茶色の文字盤を注文に応じて提供していたのです」とソーレ氏は説明する。文字盤に“Jaeger Fab Suisse”のサインがあることから、これらの文字盤はおそらくジャガー社が考案し、製作したものだろう。ルクルト社の本業はご存じのようにキャリバーの製造であり、だからこそこれほど自由な発想ができたのかもしれない。角型の手巻き式キャリバーである410を搭載し、新しいダークブラウンのカーフスキンストラップが取り付けられている。

トリプルカレンダー(Triple Calendar)

ジャガー・ルクルトが初めてシリーズ化したコンプリケーションウォッチが、これだ。1940年、腕時計の需要急増に対応するために開発されたこのモデルは、それまで懐中時計にしか搭載されていなかった複雑機構を縮小して表示できるようにしたものだった。文字盤が広くなったことで、こんなことも容易にできるようになったのだ。機能としては、時、分、スモールセコンド、曜日、日付、月、そしてムーンフェイズを搭載。ケースとドーフィン針には18Kイエローゴールドを使用し、日付表示のための赤い矢印のポインターが配されている。ケースデザインは1940年代を代表する滑らかな輪郭を持つラウンド型で、ドロップラグが特徴的だ。トリプルカレンダーのサイズはそのときの流行に合わせ、32mm径、35mm径、まれに36mm(当時としては非常に大きなサイズ)が用意されていたようだ。なお、Cal.494は1942年にヴァシュロン・コンスタンタンに売却され、Ref.4240に搭載されたことで知られている。

メモボックス・パーキング(Memovox Parking)

メモボックスは1950年に手巻き式のアラームウォッチとして誕生し、その後1957年に自動巻きにアップデートされた、まったく新しいタイプの時計だ。

1949年、ジャガー・ルクルトはこの方式のアラームウォッチを特許申請した。文字盤中央にある可動式ディスクにポインターとして三角形のマーカーを飾り、10分単位でアラームの時刻を設定するものである。リューズはふたつあり、ひとつはアラームの設定用、もうひとつは時刻設定用となっている。

ケースバックに直接打ち込まれたストライキングピンをハンマーで叩くことで、アラームが鳴る。このアラームの音は、ミニッツリピーターのような調和のとれたゴングの音とはまったく異なるものだ。そのかわり、昔ながらのからくり人形を思わせるガラガラという音が一定の振動とともに発せられる。また、ベッドサイドに置いて目覚まし時計として使用することもできる。

このアラームウォッチのジャンルをさらに一歩発展させたのが、メモボックス・パーキングである。1958年当時、アラーム機能で有名だったジャガー・ルクルトは、創業125周年を記念していくつかの新しいメモボックスを発表した。このパーキングモデルは、青と白による“P”のピクトグラムによりひと目でそれとわかる特許取得済みの文字盤と機能を備えていた。メモボックス・パーキングは、パーキングメーターの時間を超過しないよう(30分、60分、2時間)、アラームを作動させるという発想のもとに生まれたものだ。

このメモボックス・パーキングには、アラーム機能を備えた手巻き式キャリバーである814が搭載されている。