A.ランゲ&ゾーネ サクソニア・フラッハ 37mm 新しいエントリーモデルには魅力がいっぱい。

これほど欲しいと思える時計に出合ったのは久しぶりです。たしかに僕の血をたぎらせるような聖杯級の逸品やドリームウォッチは数多くありますが、A.ランゲ&ゾーネ サクソニア・フラッハ 37mmほど魅力的で、かつ手が届きそうな時計はほかにありません。個人的に親近感を覚えるだけでなく、デザインから仕上げ、市場での位置付けに至るまで、ランゲのこの新しいエントリーウォッチには魅力がいっぱい。さあ、準備はいいですか? このモデルについて深く掘り下げていきますよ!

簡単な歴史のおさらい
1994 a lange sohne saxonia
サクソニアは、1994年に発表された4本のランゲモデルのひとつです。

 まずどこから始めましょう? 黎明(れいめい)期からにしましょう(分かりきったことですが)。おそらく皆さんも耳にしたことがある話でしょうから、簡単に説明しますね。ベルリンの壁が崩壊した直後、A.ランゲ&ゾーネは復活し、最初のコレクションに取り組み始めました。そのモデル群がランゲ1、カバレット、トゥールビヨン “プール・ル・メリット”、そしてもちろんサクソニアです。初代サクソニアは直径34mmで、中央に時・分針、6時位置にスモールセコンド、12時位置にアウトサイズデイトを備えていました。ブランド名は、ダイヤルの幅いっぱいにふたつのセクションに分割されていました。

a lange sohne saxonia 1996 yellow gold
1996年ごろの初期のイエローゴールド製サクソニア。

 スリムな針、シンプルなケースシェイプ、控えめなダイヤルなど、現在のコレクションに通じる特徴が見られます。しかし厳密にはダトグラフもサクソニアファミリーの一部であることを、今こそ思い出していただくいい機会としましょう。ダトグラフに加え、デュアルタイム、アニュアルカレンダー、パーペチュアルカレンダー、さらにはトゥールビヨンを搭載したパーペチュアルカレンダー・クロノグラフまで、サクソニアには数多くの複雑機構が搭載されています。そう、すべてのサクソニアがシンプルというわけではないのです。

a lange sohne saxonia small seconds
ベーシックな37mm径のサクソニア- このモデルはスモールセコンド仕様であることがポイントです。

 では方向性をシンプルなコレクションに戻しましょう。サクソニアコレクションの核となるのは、手巻き、自動巻き、そして超薄型と3種類のタイムオンリー(時間表示のみ)の時計です。前者ふたつは基本的に一般層向けの真面目なドレスウォッチですが、超薄型はより純粋主義的な時計です。サクソニア・フラッハは、非常に控えめな2針仕様で、小さな工夫こそがこの時計の魅力です。一瞬でも見逃すと、そのおもしろさを完全に見逃してしまうかもしれません。以前は40mm径のモデルしかありませんでしたが、今年(掲載当時の2016年)初めに手元のモデルが発表され、ホワイトゴールド(WG)とピンクゴールド(PG)の両方で、さらに控えめな37mm径がコレクションに加わりました。

サクソニア・フラッハ 37mm
saxonia thin white gold lange sohne
2針と13個のマーカーという、これほどシンプルなダイヤル構成は類を見ません。

サクソニア・フラッハ 37mmは、まさにその名にふさわしいモデルです。サクソニアスタイルの超薄型2針ドレスウォッチで、ケース径は新たに37mmと小さくなりました。上記でこの時計はシンプルだと申し上げました。ケースはWG製(PGもあり)で、側面はサテン仕上げ、ベゼルとラグはポリッシュ仕上げが施されていて、厚みはちょうど5.9mmです。これは25セントコイン3枚分より少し厚い程度です。ラグは短くカーブしており、ただでさえスリムなこの時計をいっそうスリムに見せています。

lange saxonia thin side profile
この時計の厚みは、25セントコインを3枚重ねるよりもわずかに厚いのです。

 ダイヤルは柔らかなグレイン仕上げを施した無垢のシルバーで、マーカーと針は鮮やかなロジウムメッキのゴールド製です。ダイヤルが物足りないと言う人もいるかもしれませんが、本記事では“控えめ”という表現を使いたいと思います。ダイヤル表記は10時位置から2時位置にかけてのアーチ型のブランド名と、6時位置のマーカーの下にある小さな“Made In Germany”の表記のみです。プリントは鮮明で墨色のような黒で、実にシャープなエッジと繊細なディテールです。もし“Made In Germany”の表記を裏面に移して、ダイヤル底面の表記を消すことができれば最高ですが、ずっと不満を抱くほどのものではありません。

lange sohne saxonia thin dial markers
ダイヤルから少し離れてセットされたアプライドマーカーが、立体感を演出しています。

 そして針とマーカーです。針はクラシックなサクソニア針で、剣のような形をしており、短くスリムなベース部分と、針の“刃”の部分へと続く幅広にふくらんだ起点部が特徴です。マーカーは比較的背の高い非常にスリムなバーで、12時位置にはバーが二重にあしらわれています。ミニッツトラックや余分なものは一切ありません。分針の先端はマーカーの外縁まで正確に届き、対して時針はマーカーの内側に収まっているのが優雅ですね。このようにバランスを均衡させることは、本モデルのようなそぎ落とされたデザインではとりわけ重要です。

 ここからはこの時計が僕の心を射抜いた理由の核心に迫りたいと思います。ドイツのモダニズム建築家、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies Van Der Rohe)の“Less is more(シンプルなほうが豊かである)”という言葉はあまりに有名ですが、彼はまた“おもしろい人ではなく、優れた人でありたい”という言葉も残しています。この時計は、一般的におもしろいとされるモダンウォッチメイキングの華美な面を排除し、代わりに核となるものを懇切ていねいに作り上げることにフォーカスしています。それは時計を裏返して初めて分かるのです。

caliber l093.1 lange sohne saxonia thin
約72時間のパワーリザーブを備えた手巻きムーブメント、Cal.L093.1。

 サクソニア・フラッハの37mmケースに搭載されているムーブメントは、優れていると同時に非常に興味深いものです。Cal.L093.1は自社製ムーブメントであり、サクソニア・フラッハの誕生以来、基本的に同じものを搭載しています。このムーブメントはジャーマンシルバー製の手巻きムーブメントで、3つ留めのゴールドシャトン、4分の3プレートの深いストライプ、テンプ受けの手彫りのエングレービングなど、高価なムーブメントに見られるランゲらしい装飾が施されています。このムーブメントは167点の部品で構成され、フルに巻き上げれば約72時間のパワーリザーブを発揮します。

gold chatons lange sohne saxonia thin
4分の3プレートには深いストライプが施され、ゴールドシャトンも存在感を示しています。

balance cock lange sohne saxonia thin 37mm
エントリーモデルでありながら、手彫りのテンプ受けを備えています。

lange sohne movement saxonia thin finishing
全体的に、このムーブメントは、はるかに高価な兄弟機の仕上げと肩を並べています。

 目立つものとそうでないものがあるとすれば、テンプ受けとシャトンは間違いなく前者のカテゴリーに入ります。しかし目立たない部品までも、ランゲがていねいに仕上げている点には驚かされます。4分の3プレートのエッジには鏡面仕上げの薄い面取りが施され、歯車にはサテン仕上げとスネイル仕上げが施されています。しかも巻き上げ機構のコハゼまで精密に切削され、仕上げが施されています。ランゲのコレクションのなかで最も安価な時計であるため、何か小さな手抜きがあるのではないかと半ば期待していたのですが、特にムーブメントに関わる部分にはまったく見当たりませんでした。

オン・ザ・リスト
saxonia thin 37mm lange sohne wristshot
僕にとって、サクソニア・フラッハ 37mmほどつけやすい時計はありません。

 男性によっては、直径37mmというと今日の基準では小さいと感じるかもしれません。確かにそうです。大半の時計メーカーは38mm前後からメンズモデルを発表しており、平均的なサイズは40〜42mmです。それらのサイズ感を否定するものではありませんが、37mm径を敬遠する人は本当にもったいないです。

 サクソニア・フラッハ 37mmを初めて手首につけたとき、僕はすぐにこの時計を楽しめると確信しました。ランゲのブラックアリゲーターストラップ(希望により短めのストラップもあり)は時計の薄さにマッチしており、WG製のピンバックルも快適です。上部の短くカーブしたラグは、ケースが手首の低い位置に収まり、スリムな側面を強調します。この時計は、シャツやジャケットの袖口の下に簡単に忍ばすことができ、手首にぴったりとフィットするセーターのようなものと特によく合います。リューズは小さめですが、手首につけたまま時刻合わせや巻き上げができるよう、十分な大きさを確保しています。

saxonia thin wristshot lange sohne
サクソニア・フラッハはドレッシーな時計ですが、意外にもカジュアルな服装にも似合います。

 とはいえ、従来の基準では明らかにドレスウォッチであるにもかかわらず、僕はシャツとネクタイの日に限定して着用したわけではありません。僕が着用したモデルはWGケースだったため、必要なときにはセミカジュアルなSSウォッチとしての着用もしました。レビュー期間中、友人の結婚式に出席するため、週末にこの時計だけを持って出かけました。大切な夜にはスーツでエレガントに、翌朝にはTシャツでブランチ。ドレスアップするための時計だと思っていたのですが、それ以上に日常使いできる時計でした。

 とはいえ、この時計が誰にでも合うというわけではありません。僕は自分の手首に何があるのか、遠くからでも何をつけているか気づかれたいとは思わないのですが、この時計はそんな僕にぴったりです。しかし誰もがそうでないことは承知しています。もしあなたが(熱心な時計愛好家たちからでさえ)注目を浴びたいのであれば、あるいは自分が身につけているものに対して多くの注目を浴びたいのであれば、別の時計を検討したほうがいいでしょう。

saxonia thin 37mm a lange sohne
サクソニア・フラッハは、控えめなデザインでありながら、見た瞬間にそれと分かる上質感を醸し出しています。

 そして飽きるかどうかという問題もあります。僕たちはこのレビューをA Week On The Wristと呼んでいますが、たいていはその時計を1週間着用することになります。しかしこの時計に関しては、その懸念を解消するにはもう少し時間が必要だと思いました。僕がこの時計に飽きてしまう可能性があると思ったからです。そこで僕はチームのためにひと肌脱ぎ、寛大な心で、ランゲにもう少しこの時計を持っていてもいいかどうか尋ねました。トータルで16日間ほど、この時計をつけ続けました。ほかには何もつけませんでした。その結果に、僕は驚きました。この時計に飽きるどころかもっと好きになったのです。気がつくと手首から外してムーブメントを眺めていました。気がつくとルーペを取り出してマーカーの形状に見とれていたのです。

lange sohne saxonia thin case finishing
ケースの表面とエッジにはさまざまな仕上げが施され、ディテールへのこだわりが感じられます。

 ここでひとつ注意事項です。エントリーモデルのランゲに退屈はしませんでしたが、“結果には個人差があります”とだけ言っておきましょう。僕はほとんどブルーとグレーとホワイトの服しか着ない人間で、モダニズムの家具を集め、ロスコ(Rothko)やセラ(Serra)のようなアーティストを好みます。こういうものが好きだという素地があるんです。もしあなたが(トーマス・)チッペンデール(Chippendale)やルノワール(Renoir)のようなものが好きなら、この時計はあなたの期待に応えられないかもしれません。

さあ、ここからが本題
 サクソニア・フラッハ37mmの重要な点は、A.ランゲ&ゾーネのラインナップのなかで最も手ごろな1万4800ドル(2016年当時の価格は税抜171万円)という価格です。ですから、もしあなたがトップクラスのマニュファクチュールからシンプルなタイムオンリーの時計を買いたいのであれば、この時計は非常に強力な選択肢となるでしょう。しかしほかの有名メーカーのエントリーモデルと比べてどうなのでしょうか? 幸運なことに、ここでその答えをお見せしましょう。

patek philippe 5119j Calatrava
パテック フィリップ カラトラバ Ref.5119J

 最も明確な比較対象として、まずパテック フィリップから始めましょう。パテックの最も安価なメンズウォッチは、Ref.5119J、36mmのYG製カラトラバです。ホワイトラッカーダイヤルにローマ数字、ブラックの針、ホブネイルベゼル、そして6時位置にスモールセコンドを備えています。1960年代初期のドレスウォッチスタイルを踏襲した、非常に古典的なモデルです。価格は1万9730ドルで、WG製は2万1540ドル(いずれも2016年当時)です。

 僕にとっては、これは簡単な決断です。僕はRef.5119のホブネイルベゼルと小さなローマ数字があまり気に入っていません。僕にとってサクソニアに匹敵するカラトラバのエントリーモデルはWG製の37mm手巻きモデルのRef.5196Gで、ダイヤルとケースはよりミニマルな構成です。しかしこのモデルの価格は2万2000ドルであり、これはまったく別次元の比較となってしまいます。

The Vacheron Constantin Patrimony ref. 81180 and Jules Audemars Self-Winding
ヴァシュロン・コンスタンタン パトリモニー Ref.81180と自動巻きのジュール ・オーデマ。

 ヴァシュロン・コンスタンタンとオーデマ ピゲは、間違いなくスイスのトップブランドです。ヴァシュロンでは、WG製でシルバーダイヤルを持つパトリモニー Ref.81180が競合モデルとなるでしょう。このモデルは40mmと大きめですが、ダイヤルの表記が最小限に抑えられ、マーカーも控えめな、洗練された2針時計です。価格は1万8000ドル(2016年当時)で、サクソニアより20%ほど高くなっています。もし予算に余裕があり、もう少し装飾の施されたダイヤルと、やや装飾が控えめなムーブメントを望むのであれば、パトリモニーは真の競合となるでしょう。

 オーデマ ピゲは、そのウォッチメイキングの技術力と、超エレガントなドレスウォッチを製造してきた歴史にもかかわらず、サクソニアのようなモデルは現在製造していません。このコレクションに最も近いモデルは、自動巻きで39mmケースを持つジュール・オーデマで、価格は2万2700ドル。素晴らしい時計ですが、サクソニアとは方向性がまったく異なるものです。

40mm lange sohne saxonia thin
サクソニア・フラッハの40mmは、37mm仕様と非常によく似ています。実際うりふたつです。

 しかしもっとも分かりやすい比較対象である40mmのサクソニア・フラッハはどうでしょう? もちろん、1万ドル近い価格差はありますが(このモデルはWGとPGの両方で2万4500ドル)、その判断はお任せします。価格はさておき、僕が注目したのは、この時計が37mmでどれだけ優れた性能を発揮するかということです。ムーブメントは重厚なスペーサーに収まることなくケースを埋め尽くし、ダイヤルのスタイリングも小さなキャンバスのほうがはるかに効果的です。40mmでは、僕のようなミニマルなものが大好きな人間でさえ、渋さに意識が傾いてしまいます。